ミルクティーの自惚れ
「了解。今日はそのまま帰宅してかまわない。ご苦労」
報告の電話を切ると焦げくさい匂いが強く鼻を刺激した。その匂いにイライラして、ジーンズのポケットに押し込むようにスマホをしまう。事務所に戻らなくていいと言われたのでそのまま、目についたヘアーサロンに飛び込んだ。
「おはようございます」
「おはよう!……ってあれ?」
「え?なになに?失恋?」
「今時、失恋したからって切らないでしょ」
「……」
翌日、出勤するとわかってはいたけれど案の定、同僚達に次々と突っ込まれた。胸あたりまで伸ばしていた髪をばっさりと顎ラインのあたりまで切ったのだから当然だ。
「わー思い切ったねぇ」
「……しかたなかったんです」
私だって切りたくなかった。あの人が長い髪が好きだと知ってからずっと伸ばしていたのに……。昨日のヴィランとの交戦中に焼け焦げた部分をカットしたら、こんなに短くなってしまった。
剥き出しになった首筋が冷たい。首筋に刺さるような周囲の視線を無視して昨日の報告書を作る為にパソコンを立ち上げた。
「報告書です」
「あぁ、そこに置いておいてくれ」
幸か不幸か集中していたおかげでいつもより早く出来上がった報告書をジーニストさんのデスクに持っていくと手にしていた書類からチラりと視線をこちらに寄越し、デスクの空いたスペースを指差した。
「失礼します」
「待て」
「はい?」
呼び止められ不思議に思っていると、一言「ついてこい」と告げられスタスタと歩き始めた後ろ姿を追いかける。
「どれでも好きなものを選ぶといい」
程なくして辿り着いた自販機の前でそう言って渡された五百円玉。これはジーニストさんなりの励ましなのだろうか?そう思いながら、お言葉に甘えてミルクティーを購入した。
「ジーニストさんは」
「ブラックを」
「はい」
同じ並びにあった缶コーヒーのボタンを押して落ちてきたそれを渡すと、トントンと彼が座っている隣の席を叩かれたのでそこに腰をおろした。
「ありがとうございます。頂きます」
「……落ち込んでいるのか」
「……」
「────その髪型も似合っている」
少し声のトーンを落としてまるで、二人きりの時のように囁くみたいに言われた言葉に驚いて思わず辺りを確認してしまった。
「……でも、維さんは長い方が好きなんですよね」
誰もいないことを確認してから返した返事は、自分でも驚くほど甘く拗ねたような声が出た。恥ずかしくなって握りしめたミルクティーの缶に視線を落とす。
付き合うより随分前に見た雑誌のインタビューで「今はどちらかというと長い方が好みだ」と彼は答えていた。その記事を見て、鎖骨辺りに差し掛かろうとしていた髪を切らずに伸ばすことを決意したのだから忘れもしない。
「……長さは関係ない。
その人に合っているかどうかだ」
「え」
「お前は、長い髪も似合っていた」
不意に、掬うように触れられた髪の毛がぱらりと落ちる。
「落ち込んでいる理由がそこにあるとすると────不謹慎だが自惚れてしまうな」
あぁ、
私だってそんな事を言われたら自惚れてしまう。